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「のだめ♪Love」にするか
「玉木∞Love」にするか
「楽しい音楽の時間」にするか
大変迷いましたが、ここはまっすぐに「のだめ♪Love」で。
以下ネタバレで。
「のだめ♪Love」にするか
「玉木∞Love」にするか
「楽しい音楽の時間」にするか
大変迷いましたが、ここはまっすぐに「のだめ♪Love」で。
以下ネタバレで。
ごぶさたしてました。
生きてます。
えーと。
なんだかばたばたしているうちに年末です。
うちの新型インフル発症率は50%です。
下の娘とダンナと。
上の娘と私は、とりあえず無事です。
冬コミ用の原稿は、ぎりぎりで入稿しました。
まさに綱渡り。
今回も長編と短編を。
くわしくは、Andantinoブログにて。
のだめの映画観てきました。
初日、舞台挨拶つき。
樹里はかわいいし、玉木はかっこいいし、
千秋は最高だし、のだめはせつないし
映画は面白いし、何度でもみたい。
未見の方は、ぜひ劇場へ。
ドラマを面白いと思った感性の方ならば、
きっと楽しんでいただけるはず。
演奏シーンはもとより、人間ドラマも面白いのだめです。
とりあえず、明日、2回目観てきます。
映画公開に伴い、映画雑誌をはじめとしたもの凄い数の雑誌に
玉木と樹里が登場しています。
これが最後(正確には後編もあるけど)と思うと、
この千秋とのだめ的二人の写真は一枚も逃したくなく
記念買いに走る日々。
部屋には雑誌を積み上げたタワーが構築されてます。
しかし、映画が終わったら、この二人のツーショットなど
二度と見れないのであろう。
ものすごーーーく寂しい。
お風呂の湯沸し機能に不具合。
明日、修理の人がくるー。
映画に間に合ってくれ、頼むから。
なんか、去年も年末、洗濯機が壊れて修理頼んだ気がする。
年末は修理の季節なのか?
微妙すぎる。
微妙といえば、子ども手当ても微妙すぎる。
決して景気刺激にはならんと思うぞ。
いっそ、公立学校の給食費にでも当ててくれたら
子どもいる世帯には平等なんじゃないかと。
私立はよくわからんが、同等の支給したらいいじゃん。
子ども手当てのために、あれこれ控除を廃止するとか
あっちの砂山をくずして、こっちの砂山に盛ってるみたいな
むなしい感じがするんですけど。
会社では、なぜか大奥総取締の怒りを買ったらしく
完全無視を決められてますが、
なにが原因かさっぱりわかりません。
まあ、ときどき発作的に現れる症状なので、
こちらも放置を決め込むことにしました。
そのうち、いきなり普通に話しかけられるのが過去の事例です。
まったく面倒なもんです。
24日のクリスマスイブには、おうちでクリスマス会をやろうと
娘たちが言い出して、プログラムなどを作っているモヨウ。
はじめの言葉。とか。
学校のお楽しみ会のようです。
私のすべきことは、料理の用意とケーキの用意。
料理ねーーー…………。
出来る範囲でがんばります。
会社で検診の話になって。
人間ドッグを受けたほうがいいよー。なんて。
きっと病気になったら、あのとき検診受けておけば良かったと思うのだろうし、
病気になったら、早く元気になりたいと思うのだろうとは思うけど。
それでも、まあ、不治の病になったら、無理せず
寿命に逆らわなくてもいいかなーとぼんやり思う自分もいる。
ものすごく元気な年配の方たちがいるのは知ってるけれど、
日々衰えながら、生きていくことが怖いなーと思っている自分もいる。
あと数年で平均寿命の半分になるけれど、
あと半分も生きるのか、まじでか。と思う自分もいる。
そんな風に思う自分のことを不思議に思う自分もいる。
それにしても。
今日も玉木はがんばっているんだろうなーと考えて
やっぱり、今日もがんばろうと思ってしまう単純さなのだった。
そんな毎日です。
こわれました。
なにがって、パソコンですよ。
先日、取り替えたばっかのパソコンが、です。
なにが原因か知りませんが、
突然、ウィーンウィーンという機械的な音を発して
二度とXPが立ち上がらなくなってしまいました。
えーーーーーーーーーーーーーーー。
こないだ、かえたばっかじゃん。
パソコンに文句を言ったところで、
むなしい機会音がするばかり。
もーーーーーー。
というわけで、長年愛用していたノートパソコンを復活させました。
ディスプレイに変な縦線が入っているのが気に食わないけれど、
それは外付けディスプレイを活用することとして。
1ヶ月前まで使っていたから、結構、データは残ってるんです。
残ってはいるのですが、書きかけの本の表紙用の絵はさようならです。
それが死ぬほど悔しい。
とりあえず、HDDだけは取り出して復活作業を試みますが、
果たして本当に復活できるかわからない。
かなり悲しい。
さらに、ipodの中身もついでに、思わず同期してしまい、まっさらです。
↑わかる人にはわかってもらえると思う。
危険性は重々承知して、データ逆転送できるフリーソフトまで用意していたのに。
iTunesをアンインストールしてから、データ逆転送して、
改めてインストールすればよかったよ。
後の祭りだよ。
救いは、すべてCDデータがあることだよ。
iTunesストアから購入したデータはない。あっぱれ。
教訓。
つねに、バックアップはとっておくべし。
なにがって、パソコンですよ。
先日、取り替えたばっかのパソコンが、です。
なにが原因か知りませんが、
突然、ウィーンウィーンという機械的な音を発して
二度とXPが立ち上がらなくなってしまいました。
えーーーーーーーーーーーーーーー。
こないだ、かえたばっかじゃん。
パソコンに文句を言ったところで、
むなしい機会音がするばかり。
もーーーーーー。
というわけで、長年愛用していたノートパソコンを復活させました。
ディスプレイに変な縦線が入っているのが気に食わないけれど、
それは外付けディスプレイを活用することとして。
1ヶ月前まで使っていたから、結構、データは残ってるんです。
残ってはいるのですが、書きかけの本の表紙用の絵はさようならです。
それが死ぬほど悔しい。
とりあえず、HDDだけは取り出して復活作業を試みますが、
果たして本当に復活できるかわからない。
かなり悲しい。
さらに、ipodの中身もついでに、思わず同期してしまい、まっさらです。
↑わかる人にはわかってもらえると思う。
危険性は重々承知して、データ逆転送できるフリーソフトまで用意していたのに。
iTunesをアンインストールしてから、データ逆転送して、
改めてインストールすればよかったよ。
後の祭りだよ。
救いは、すべてCDデータがあることだよ。
iTunesストアから購入したデータはない。あっぱれ。
教訓。
つねに、バックアップはとっておくべし。
めまぐるしのです。
新型インフル多発でで学級閉鎖が連発したり
娘が発熱したり(インフルじゃなかったけど)
いったい、いつ、季節性インフルの予防接種に行ったらいいんだと悩んだり
会社がリストラを発表したり(とりあえず、まだ首がつながってるけど)
本気で転職を考えてみたり
PTAと仕事と家のことでバンバンスケジュール帳が埋まってしまって
私の体はひとつしかないんだよ、と叫んでみたり
逃亡したくなったり
ダンナから、この先のことについて話し合おうとか言われて
なんだよ、このままでいいのに、と鬱になったり。
そこで脳内変換策です。
学級閉鎖になるほど流行ってるけど、
とりあえず、まだ、インフルなってないのはよかった。
季節性の予防接種は来週でいいじゃないかと考える。
これが転職するチャンスだと考える。
いろんなところで必要とされることはいいことだと考える。
将来的にもダンナと一緒に生きていくのか否か、
考えるいい機会だと考える。
どうだ、これで。と、自分を力技で納得させてみる。
うーん、きびしい(笑
とくに最後の項目な。
きっと一人は楽ちん。
だけど一人は寂しいときもあるかもしれない。
将来、自分はどこまで生きていくんだろう。
ダンナは年をとってリタイアしたら、ずっと楽しく暮らしたいと考えている。
私は、ある程度年を重ねたら、そこそこのところで生涯を終えたいと思ってる。
ダンナとは子育て部分では価値観の合致を見ることができるけれど、
それ以外のところでは、あまりに違う。
一緒に楽しめる趣味趣向も無いに等しい。
たぶん、一人になったほうが、遥かに楽だよ。
そう思っているのに、
いざ、じゃあ、そういう方向で。と、なりそうになると、
やっぱり、ちょっと待って、と思う自分もいる。
それは、いったい、なんなんだろう。
金銭的なことでは、もちろん無い。
不在の日はものすごく楽で、寂しくもないし、いると気を使うのに、
なんで、ちょっと待ってと思ってしまうのか。
ちょっと待ってと思うから、いまだに一緒にいる。
それは、「好き」なんだよ。なんて、解説はいらない。
だって、いわゆる「好き」とは違うもの。
不安定な場所だなと思う。
娘たちのこれからも不透明。
仕事も不透明。
ダンナとの関係も不透明。
娘たちは、自分たちで未来を開拓してもらうとして。
さて。
私はどうするんだろう。
未来の自分はどうなっていたいか。
そう思うとき頭に浮かぶのは、
自分が行きたい場所に行って、
行きたい旅行に行って、
とにかく、友だちと楽しく過ごしている自分。
そこにダンナの姿は無い。
これが現実になるのかどうかは別として、
これって、致命的じゃね?
新型インフル多発でで学級閉鎖が連発したり
娘が発熱したり(インフルじゃなかったけど)
いったい、いつ、季節性インフルの予防接種に行ったらいいんだと悩んだり
会社がリストラを発表したり(とりあえず、まだ首がつながってるけど)
本気で転職を考えてみたり
PTAと仕事と家のことでバンバンスケジュール帳が埋まってしまって
私の体はひとつしかないんだよ、と叫んでみたり
逃亡したくなったり
ダンナから、この先のことについて話し合おうとか言われて
なんだよ、このままでいいのに、と鬱になったり。
そこで脳内変換策です。
学級閉鎖になるほど流行ってるけど、
とりあえず、まだ、インフルなってないのはよかった。
季節性の予防接種は来週でいいじゃないかと考える。
これが転職するチャンスだと考える。
いろんなところで必要とされることはいいことだと考える。
将来的にもダンナと一緒に生きていくのか否か、
考えるいい機会だと考える。
どうだ、これで。と、自分を力技で納得させてみる。
うーん、きびしい(笑
とくに最後の項目な。
きっと一人は楽ちん。
だけど一人は寂しいときもあるかもしれない。
将来、自分はどこまで生きていくんだろう。
ダンナは年をとってリタイアしたら、ずっと楽しく暮らしたいと考えている。
私は、ある程度年を重ねたら、そこそこのところで生涯を終えたいと思ってる。
ダンナとは子育て部分では価値観の合致を見ることができるけれど、
それ以外のところでは、あまりに違う。
一緒に楽しめる趣味趣向も無いに等しい。
たぶん、一人になったほうが、遥かに楽だよ。
そう思っているのに、
いざ、じゃあ、そういう方向で。と、なりそうになると、
やっぱり、ちょっと待って、と思う自分もいる。
それは、いったい、なんなんだろう。
金銭的なことでは、もちろん無い。
不在の日はものすごく楽で、寂しくもないし、いると気を使うのに、
なんで、ちょっと待ってと思ってしまうのか。
ちょっと待ってと思うから、いまだに一緒にいる。
それは、「好き」なんだよ。なんて、解説はいらない。
だって、いわゆる「好き」とは違うもの。
不安定な場所だなと思う。
娘たちのこれからも不透明。
仕事も不透明。
ダンナとの関係も不透明。
娘たちは、自分たちで未来を開拓してもらうとして。
さて。
私はどうするんだろう。
未来の自分はどうなっていたいか。
そう思うとき頭に浮かぶのは、
自分が行きたい場所に行って、
行きたい旅行に行って、
とにかく、友だちと楽しく過ごしている自分。
そこにダンナの姿は無い。
これが現実になるのかどうかは別として、
これって、致命的じゃね?

